「ねぇユーリ、この糸見える?」
開いていた本の前に突然現れた、ぴんと立てた小指。ユーリは呆れた顔をして目の前のスマイルへ視線を上げた。
「赤い糸とは、またずいぶんと懐かしい子供騙しを思い出したな」
ひどいなぁと言いながら笑うスマイルが小指を揺らし、そうしてそれをユーリの細い小指へと絡ませた。
「これね、赤い糸で結ばれてるから大丈夫、なんてよく言うけれど」
ほんとはちっとも平気じゃないんだ、そんなスマイルの言葉にため息を一つ吐いてユーリはまぶたを閉じた。
目を開いたら城の玄関の前に立っていた。
まばたきをしただけのつもりだったユーリは突然のことに一瞬頭が白くなった。
うつむけば視界に入った赤い色。細いそれを見ればその片端は自分の小指へつながっていた。
「…なんの夢だ、これは…」
こぼれた呟きと共にもう片端をたどれば、そちらはうねうねと曲がりくねって地面へたまり、その中から延びた一本が城の前に茂る森の中へと続いていた。
ずいぶんな長さがありそうなそれに、ユーリは戸惑いながらも数歩進んでみる。
すると聞きなれた声が耳に届いた。
「ユーリー」
遠くで呼ぶスマイルの声は、しかし背後の城の中から聞こえてくる。
「ユーリってばー」
目の前の森へ続く糸を見つめたユーリはそこへ立ち尽くしてまぶたを閉じた。
目を開いたらカップの置かれた机の前に座っていた。
再び白くなった頭を必死に動かして、ユーリは自分の小指を見た。糸の消えたそれに思わず安堵の息を吐く。
「ユーリ、大丈夫?」
気づけば目の前の席に心配そうな顔をしたスマイルがいた。なんでもない、そう言おうとしてユーリの動きが止まる。
スマイルの小指に赤い糸が結ばれていた。
しかしよく見ればそれは短く蝶々結びをされただけの赤い毛糸で、ユーリは眉間にしわを寄せた。
そんな彼の視線に気づいたスマイルがああこれね、と言って笑う。
「ユーリにも見えたらいいかなと思ってつけてみた」
端が誰かとつながっていなければ仕方ないだろう、ユーリはため息と共にそう吐き出すと片手で頭を支えた。
それもそうだねとスマイルが笑って糸をほどく。
「ユーリの糸は血みたいに真っ赤だね」
そんなスマイルのつぶやきも、この長い長い夢の一部に過ぎないと思いながらユーリはまぶたを閉じた。
『赤い糸』
06/09/13