「ねぇキミは一度だってこの世界の全てを手に入れたいと思ったことはないの?」
目の前の皿に乗った生に近い肉を、手にした銀のフォークで突付いていたスマイルが尋ねた。その瞳はどこか退屈そうな色をしながらも笑みの形に歪んでいる。
「無い」
向かいの席で食事を進めるユーリの即答はその動作と同じくらい静かな声だった。
スマイルの真っ赤な舌がフォークをべろりと舐める。
「キミはキレイだし力も強いし空だって飛べる。それにその命だ、望めば案外あっさり手に入ってしまうかもよ?」
ユーリが鼻で笑った。
「下らんな。そんなもの、手にした所で煩わしさが増すだけだ」
興味など無い、そう言ってグラスを傾けるユーリの口腔へ流れ込む赤いワインはどこか血を彷彿とさせる。
スマイルは皿の上へ振り下ろしたフォークから手を離した。肉塊に刺さった銀が直立する。
「じゃあ、壊したいと思ったことは?」
手を止めて真っ直ぐに透明人間を見返した吸血鬼の紅い瞳は、どこか剣呑な色を宿している。
「…何が言いたい?」
冷ややかな声にも気付かないかのように、青い顔が口端を吊り上げた。
「そう大したことじゃないよ、ただキミが早くこの世界を見限って、ボクの退屈ごと一緒に全てを壊す魔王になってくれないかなって話さ」





『魔王』

07/05/15