「ねぇ、ボクが眠るからユーリがそれを起こすんだよ」
スマイルが柩の中へ横たわるので、ユーリは戸惑いとも苛立ちともつかない声で彼の名前を呼んだ。
けれどまぶたを閉じたきり動かなくなった透明人間に、吸血鬼は唇を噛んでから仕方なく腕を伸ばす。
細い両手で体を揺すってみたり長い腕を引っ張ってみたり、耳元で大声をあげてみたりした。
それでも変わらないスマイルの態度に、ユーリは手を上げて青い頬を叩いた。そうしてスマイルの体の上へと上半身を曲げて顔を伏せる。
「お前なんて大嫌いだ」
くぐもった声が吐き出されたきり薄暗い地下室は静かになった。
ふいにユーリの頭を温かい手が撫でた。
「これでおあいこだ、ボクが眠っているキミの頬を叩いたこともキミを嫌いだと言ったことも全て許してくれるね」
スマイルの言葉にしかしユーリは動かない。
「そうしてキミを許してあげよう、誰かを残して独りで眠りにつくことはこれほどまでに哀しいことなんだね」
ユーリは首をふった。
「次に目覚めたときにはお前がいないかもしれないことを思う分、哀しみが足りていない」
スマイルが声をあげて少し笑った。
「何故ボクらは同じではないんだろうね」
もう何度目かになる問いを口にしたスマイルがつぶやくように囁く。
「眠りにつくときだけは、そう思わずにいられないんだ」
それから少し間をおいて、もう嫌いだなんて言ったりしないよと優しく言った。
『とりかえっこ』
06/09/14