「私が人間であると言うのだ」
広くて空っぽの部屋の中に妖怪が二匹入っていて、それを大きな窓から細い三日月が見つめている。
「吸血鬼であると思い込む、哀れで愚かな人間が見ている夢に過ぎないと言うのだ」
白い顔を一層白くした吸血鬼が淡々と言葉を吐き出す。
「夢の中のボクはずいぶん面白いことを言うんだね」
浮かぶ三日月のような口をして透明人間が笑った。
じゃあ試してみようか、そんな透明人間の誘いにしかし吸血鬼は口を閉ざして動かない。
「だってそのために持ってきたんでしょう?」
吸血鬼の体が強張りナイフを持つ片手に力が入る。目の前の笑顔は崩れない。
「…私は死ぬだろうか」
細い手から簡単にナイフが抜き取られ包帯の巻かれた手へと移り渡る。
「私は死ねるだろうか」
穏やかに微笑んだ透明人間がそうだね、と口にする。
「キミが人でなければ死なないし、そうでなければ死ぬんじゃないかな」
何も持たない方の手が吸血鬼の柔らかな頬を撫でる。吸血鬼の口元が自嘲気味につり上がる。
「…あれ程までに切望していたはずなのに、こうして目前にするとずいぶん恐ろしく思えるものなのだな」
吐き出された言葉に透明人間が可笑しそうに笑った。
「ユーリ、それはまるで人間のような感想だね」
言葉の終わりが刃物で肉が裂ける音と重なる。突き出した腕を引いてナイフを抜けば鮮やかな色をした血液が勢いよく噴き出した。
目の前の体が膝から崩れ落ちたのでそれを抱きとめると、溢れ出る温かい血液が包帯を介して透明人間の体へ伝わり滲み込んでいく。
血を吐いて咳き込む吸血鬼の体を愛しそうに抱きしめたまま、透明人間がうれしそうに笑って囁いた。
「このことを、今度はこの夢から目覚めたボクがキミに教えてあげるからね」
早く目が覚めないかな、そんな透明人間の弾んだ声だけが室内に流れていた。





『こんな夢を見た』

06/10/09