日が沈んでも肌をじっとり包むような暑さは変わらない、そんな夜がしばらく続いていた。
鼻を突く生臭い血液の臭いが、浴びた訳でもないというのに熱と共に体へ纏わりつくようで酷く不快だ。
一仕事終えた後の体はやけに重く感じられたけれど、それでもKKは足早に自分の住みかへ向かった。
安いアパートの軽い扉を開いたら、狭い室内に不釣り合いな姿があった。
「ああ、勝手に邪魔しているぞ」
優美な吸血鬼が慣れた仕草で缶ビールを口元へ傾ける。
久方ぶりに見るその姿は、KKの頭から寸の間思考を奪い去った。
上下する白い喉元がやけにはっきり視界に入って、足が勝手に動き出す。
あっという間に室内へ上がったKKは、ユーリの手から缶を奪うと傍の机へそれを置く。
そうして抗議をしようとしていたユーリの唇を己のそれで強引に塞いだ。
床の上へ押し倒して覆いかぶさり口内を貪れば、ユーリの抵抗も次第に大人しくなっていった。
しばらくして唇を離せば、潤んだ瞳が怨めしそうにKKを睨み上げる。
「…熱いから離れろ」
体を押し返す腕を押さえつけるように伸し掛かかったKKは、息が触れるほどの距離から真っ直ぐにユーリの瞳を見た。
「人間に押し倒される気分はどんなもんだ?」
真紅の奥に怒りが宿る様を、KKは頭の片隅で想像していた。
しかし吸血鬼の顔からは表情が失せるだけで、そうしてほんの少しだけ笑った。
「…お前は余り、人の様な気がしなかったから、よく分らん」
少し顎を引いたユーリは艶やかに濡れ光る瞳でKKを見上げた。
「私の鼻は、血の臭いには敏感に出来ているからな」
KKは思わず腕を立てユーリから体を離す。
見下ろす吸血鬼は、どこか寂しげで穏やかな顔をして瞳を閉じた。
「血の臭いを纏うお前は、何だか私と似ていると…そう思っていたよ」
開いた窓から遠く風鈴の音が聞こえる。
入り込む生温い風が、雪を思わす白い皮膚を撫でていった。
「アンタと一緒か…それなら悪くない」
銀糸の髪を手で梳けば、持ち上がった瞼の奥に潜む深紅が微かに揺れた。
そうして静かに寄せられた男の唇を待つように、再びそっと閉ざされる。
他に生きる為の術を持たない二人は、互いの傷を舐め合うように舌を絡め合った。
『哀れな獣』
10/02/15