「猫を見なかったか?」
生垣の薔薇の向こうに美しいものがいた。
北の城には吸血鬼がいることをMr.KKという名の男は知っていたから、恐らくこれがそうなのだろうと思った。
「こんな辺鄙な所へまで猫探しとは、随分とご苦労な事だな」
差し出した写真の中の三毛猫を見た吸血鬼の、変わらない無表情とその言葉がここにも情報が無いことを雄弁にKKへ伝えた。
落胆と疲れとを吐き出すように軽く息を吐き、ご協力どうも、と首だけ小さく下げる。
そうして立ち去ろうとした男の背中へ、吸血鬼が声をかけてきた。
「私が飼っている者へも、帰り次第聞いておいてやろう」
振り返った視界に映る吸血鬼の脇へ、真っ白なペルシャを想像したKKは口端を吊り上げた。
「へぇ、アンタもペットなんて飼うのか」
ロシアンブルーも悪くないなんて思いながら、吸血鬼も案外人間くさいものだと内心笑う。
「ああ、酷く気紛れで、何時もにたにたと笑ってばかりいるのを一匹」
吸血鬼がおもむろに微笑んだので、KKは少しだけ瞬きすることを止めた。
「…なんだ、チェシャ猫なんて大そうなもんでも飼ってるのか?」
冗談交じりにそう言えば、吸血鬼は笑んだまま、そうかもしれぬと返してきた。
KKは思わず緩んだ口元を手で覆い隠す。
「そうかい…それなら今度は是非ともそいつに会ってみたいもんだ」
目の前に立つ、この面白いものに再び会える口実が出来たことを、KKはそのチェシャ猫に感謝した。
「それじゃあ失礼するよ…チェシャ猫によろしく」
これだから猫探しも悪くない、そう思いながら男は今度こそ吸血鬼のもとを後にした。
『チェシャ猫によろしく』
07/08/24