窓辺の月へ紫煙が昇る。
「…煙草を吸うのは止めろ、臭いが服に付く」
ユーリがそう言ったら男は声もなく笑って、それから安物の灰皿で言われた通りに煙草の火を消した。
吸殻から離した指を伸ばして触れたのはユーリの白い頬で、まるで掠め取るみたいに口付ける。
「…そんなもん、もう染み付いてるだろう、アンタの唇に」
間近に見える男の唇が歪んでにやりとまた笑う。
そうして、反論しようと開いたユーリの口内へいとも容易く侵入を果たした。
絡まり合う舌と鼻先へ纏わり付く煙と男の入り混じった臭いに、頭の奥の方で甘い痺れを感じた吸血鬼の体から徐々に力が抜けてゆく。
あれ程不快に思っていたはずの煙草の臭いは今や彼の一部となり、いつしかその体へすっかりと馴染んでしまっていることに、吸血鬼はまだ気付いていない。
そして、知らぬ間に依存し始めているその毒に抗うことが、極めて困難だということに。





『有毒な唇』

10/02/17