「もっと喜んでるかと思ったよ」
湿気た部屋の中でベッドに突っ伏していたスマイルはおもむろに顔を上げ、少し眉を下げて微笑むMZDを見た。
「喜んでるよ、こんなどしゃ降りじゃあ彼らも今年は会えないだろうと思ったら、嬉しくて仕方ないね」
朝から止むことのない雨音はあと少しで透明人間の声を掻き消すところだった。
青い顔が再びシーツへ沈む。
「…で、何しに来たの?」
「今年は短冊、書かないのか?」
それが決して嫌味ではないことがその声音から分かるくらいには、スマイルはこの男との付き合いが長い。
「叶わないって知っているのに、わざわざ絶望するつもりは無いよ」
横目で見上げたMZDは先程と変わらない笑みを湛えたままだった。
「叶えられないからってわざわざ埋め合わせに来てくれなくてもよかったのに」
「んなこと誰がするかっつーの」
彼が誰の願いも叶えられない神様だということを透明人間は知っている。神様という存在を作り上げた人間の内の一つであるスマイルは、神様なんか要らないんじゃないかと思う。そうしたら彼はただのMZDなのに。
「良いワインが手に入ったから、ついでに来てやったんだよ」
手にしたボトルを軽く振ってこの日一番の笑顔を見せた男の足元は雨で跳ねた泥に汚れていた。
「…キミってほんと律儀だよね」
「お前はほんとに不器用だ」
スマイルはようやく起こした体の重さに顰めていた顔を苦笑に変えると、腕を伸ばしてMZDの手からボトルを取り上げる。
「こんな言い訳作らなくても、素直にユーリの顔を見に来たって言えばいいのに」
僅かに染まった神様の頬を意地悪そうに笑ってやりながら部屋を出たスマイルは、少しだけ軽くなった足取りでキッチンへ向かった。
グラスを三つ手にしたら、柩で眠ったままの吸血鬼に笑って会いに行けそうな気がした。





『洒涙雨』

09/07/07