真夜中、唐突に目が覚めた透明人間はむくりと体を起こした。
「喉が渇いた」
呟きを零すとベッドから滑り降りるようにしてキッチンへと向かう。
蛇口を捻り透明なグラスを透明な水で満たしていたら、ふいに自分まで透明になってしまったような気がした。
真っ暗な世界の中で見えているのかいないのか、どうしていいのか分からない。
一口水を飲み下し、今来た道を引き返す。
部屋へ戻るとベッドの上にはちゃんと吸血鬼が眠っていた。
その体を必死で揺する。
「ねぇユーリ、起きて、ねぇユーリ」
鏡を見たって意味が無いのだ、彼に見えなければ意味が無いのだから。
早く起きてその真っ赤な瞳に映して欲しくて、まるで駄々を捏ねる子供のように両手を必死に動かし続ける。
そこでふいに、見えていない自分の腕が横たわる吸血鬼の体をすり抜けているように思えた。
そもそも揺すっていたはずのユーリの体は、本当に揺れていただろうか。
おもむろに腕を視線の高さまで上げて、それを交差させてみる。
しかし互いの腕が触れ合う感覚は一切しない。
「ユーリ」
吸血鬼はただ静かに寝息を立てている。
「ユーリ、ユーリ、ユーリ」
可笑しな程に早鳴る鼓動が煩くて、自分の声が聞こえてこない。
果たしてどこまで透明になってしまったのか、そんなことは透明人間にだって分からない。





『消える』

08/01/19