薄暗い室内に燭台の灯りが静かに揺れている。
ソファーの上には二匹の吸血鬼がおり、一匹は靴を履いたまま足を上げ優雅に体を横たえ、もう一匹はその足に追いやられるように端の方できちんと座っていた。
揃えた足下に小さく動くものを見つけて、幼い吸血鬼の紅い瞳が輝いた。
「兄様、蜘蛛がいます」
たくさんの細い足を動かしながらさ迷い歩く姿を興味深げに見つめる。一方の吸血鬼は大した興味も無さそうに視線だけちらりと床の上へ投げつけた。
「…目障りだな、ユーリ、それを殺せ」
抑揚の無い兄の声に幼い体が小さく震えた。戸惑うように顔を上げ隣を見るが、既に黒い吸血鬼の視線は窓の外へ向けられている。
「…に、兄様…逃がすのではいけませんか?」
弱々しい声が懇願するかのように問えば、闇のように底の無い色をした瞳が紅い瞳を見て薄く笑い、体を起こした。
「お前は優しいな」
言葉の終わりは彼が足で蜘蛛を踏み潰すのと同時だった。
小さな吸血鬼が息を呑み体を強張らせたのを見て、黒い吸血鬼が笑う。伸ばされた白い腕が小さな体を強引に引き寄せた。
「こんな下等なものにそのような慈悲が必要あると思うのか?…お前は本当に愚かだ」
唇を塞がれ幼い吸血鬼はきつく目を閉じる。首元に結んでいた赤いリボンが解かれシャツのボタンを外された。
露になった白い肩へ兄の鋭く伸びた爪が食い込み血が滲み出る。痛みに上げそうになる声を必死に堪える吸血鬼の眦に涙が浮かんだ。
「全ての感情は我ら吸血鬼の為だけに在れば良い」
ひどく優しい声でそう囁かれて小さな瞳を開くと、闇色の瞳が突き刺さすように見つめていた。
「…はい、兄様」
逸らして伏せた紅い瞳が蜘蛛の上にある黒いブーツを捉え、再びきつく閉じられる。
満足そうに笑った兄は弟の首元へと噛み付く。先ほどより強い痛みに襲われた幼い吸血鬼はそれでも声を上げることは無く、ただ一筋涙を零した。





『専制君主の足の下』

06/10/21