一晩で構いませんどうかあの方を私のもとへ与えては下さいませんか?
幽霊紳士のお願いに、透明人間は鼻で笑った。
「じゃあキミ、その夜はボクの隣に一体誰が寝てくれる訳だい?」
白い手袋をはめた手が、上品な動きで仮面に半分覆われた口元に添えられる。
「私が人形作りを得意とする事を貴方はお忘れですか?」
もちろんあの方そっくりの人形を捧げましょう。そう言って得意げに浮かべられた笑顔につられるように、透明人間の顔も微笑みに変わる。
それはどれくらい彼にそっくりなの?と問えば、見間違う程にと流れるような声が答えた。
「お望みとあれば、あの方の温度や肌の質感までも全てを再現してみせましょう」
だからどうか、懇願の言葉の続きは笑い声と重なり途切れた。
大きな声で笑った透明人間は、笑みに歪んだ形の瞳で睨むように相手の真っ暗な瞳を見据える。
「生憎、ボクはお人形なんかで誤魔化せる程の陳腐な愛情を彼に抱いている訳じゃあないんだよ」
そんな物はキミが抱いて眠ればいい、お得意の笑顔を浮かべたまま透明人間はそう言った。
幽霊紳士の笑顔は崩れなかったけれど、少しの間を置いてから吐き出された彼の声に温度は無かった。
「…それはそれは、私としたことが大変失礼致しました」
浮かべた笑顔を貼り付けたまま、人で無い二人はそれきり言葉を交わさない。
早くあの美しい吸血鬼が帰って来ればいいのにと、同じことを考えているだなんて知る由もないまま、ただ時計だけがかちこちと音を奏で続けていた。
『密やかな申請』
07/06/28