月夜の森で吸血鬼と少女は出会った。
ひどく美しい吸血鬼は、けれど表情がなく、その瞳は血を思い起こさせるほど紅く艶めいていた。
空から降り立った人でないものの姿に、しかし少女は特別驚いたようなそぶりを見せなかった。
ふと少女が抱える鳥籠が目にとまり、吸血鬼がおもむろに口を開く。
「…何をしているのだ?」
「青い鳥を探しているの」
抑揚のない声が尋ねて、抑揚のない声が答えた。吸血鬼の視線はしばらく空の鳥籠から離れなかった。
ふいに動いた吸血鬼に少女が体を少しだけ堅くする。しかしためらうことなく足を動かした吸血鬼は少女の目の前まで近づいた。
そうして片手に携えていた一輪の深紅の薔薇を、もう片方の手で開けた籠の扉のその奥へと入れてやる。
「青い薔薇を入れてやれれば良いのだが」
紅い瞳が上げられて少女のものと重なる。
包まれた闇よりもなお暗い少女の瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
吸血鬼が僅かに微笑む。
「…そのような気休めなど、お前には必要なさそうだな」
眩しそうに細められた瞳で少女を見つめた吸血鬼は、その瞳を伏せると背中を向けた。
それから肩越しに少し振り返る。
「青い鳥が見つかると良い」
吸血鬼は赤い翼を羽ばたかせ、夜空に吸い込まれるように姿を消した。
少女の抱える籠の中、真っ赤な薔薇が静かに揺れた。





『鳥と薔薇』

06/09/26