その日は好きな相手へ甘いものをあげる事を世界的に公認された日だったから、例に漏れず青い透明人間も張り切ってキッチンに立っていた。
とは言え何を渡せばこの溢れかえった愛をあの吸血鬼に伝えることが出来るのかと未だ思案中で、とりあえずこの日の定番とも言えるチョコレートを溶かしながら取りとめも無く他にも何かを作ろうと手を動かしていた。
暫くすると甘い匂いが充満する空間に突如「あ」と言う小さな声とぼちゃりという鈍い水音が上がった。
「あーやっちゃった」
どこかのん気な声音とは裏腹に、彼の指に巻かれた包帯がその先端を失くして見る見る間に赤く染まっていく。
指先が半分沈んだチョコレートの上へ血液が降り注ぐ様を見ていた透明人間は、ふいに笑顔を浮かべた。
これだ、と彼は確信した。
自分の一部を食べる吸血鬼の姿を想像するだけで、体中をえも言えぬ興奮と快感が駆け巡る。あの美しい身体の中へと入り込み、溶けて彼を形作る内の一つに自分がなれるその喜びと言ったら!
透明人間は抑えきれずに笑い声を上げて、片手でチョコレートをかき混ぜた。
そうしている内に、まだこれだけでは足りないと言う思いがむくむくと膨れだし包丁へ手を伸ばせば、ちかりと光った銀のその身が青い顔を映し出した。
「…ああだけど、ボクを食べるユーリの姿が見れなくちゃ仕方ない」
浮かんだ名案はすぐに却下されたが、刃から落とされた視線はまるで品定めをするように足の先から丁寧に自分の体へ注がれる。
あの綺麗な吸血鬼が目を覚ますまであと数時間は残されている。
それまでに透明人間の体はどれだけ残されているだろうか。





『From Your Valentine』

07/02/21