お菓子をくれなきゃ悪戯するだなんて、誰に言った覚えもない。
なのに玄関先には菓子が一つ転がっていた。
「せっかくのハロウィンだし、お菓子はいかが?」
自らを指さして笑った子供は、けれど大層小さく薄汚れていて不味そうだった。
「私は不味いものを食べるつもりは無い」
躊躇いもなく断った吸血鬼へ、
「食べてみなけりゃ味なんて分からないよ」
と主張した菓子が、小枝のような腕を一本差し出す。
暫しそれを眺めた吸血鬼は、その麗しい顔をくしゃりと顰めさせた。
骨と皮だけの腕を掴んだ彼は自らのすみかへ菓子を引き入れると、それから暫く歩いた先で辿り着いた扉の向こうのバスタブの中へそれを放った。
頭上からシャワーをかけられた菓子はずぶ濡れになり、徐々に色を失っていく。
「やめて、見えなくなっちゃうよ」
怯えたような声を上げた幼い顔も細い腕や足も、何もかもが透けていく。
ついには衣服を剥ぎ取られ、菓子であった少年の姿は跡形も無く消え失せた。
シャワーが止まり、世界は途端に静まり返る。
雫が滴る音の中で、小さな息遣いが堪えるように泣いていた。
「何故泣いている?」
「だってこれじゃアナタに見えないし、それじゃ食べてもらえない」
後から後から涙の伝う濡れた頬へ、真っ白な冷たい手が触れる。
子供特有の柔らかさの無い痩けた顔に付けられていた、線で描いたように細い傷跡の上を、柔らかな舌が撫でた。
「…やはり不味いな」
吸血鬼が呆れたように小さく笑んだ。
泣くことを忘れた小さな瞳は、惚けたようにただ目の前の美しいものを見詰める。
「何故お前は私に食べられたいのだ?」
「…アナタに食べてもらうことより他に、幸せなことなんてボクにはないんだ」
「私は不味いものを食べるつもりは無い」
「まだ熟してないだけだよ、これからもっとおいしくなるよ」
小さな菓子が胸を張る。
その自信溢れる真剣さを前に、再び吸血鬼の頬が少しだけ緩んだ。
「…それは楽しみなことだ」
こうして、死にたがっていた少年と生きることに飽いていた怪物は、明日を迎えるための丁度良い口実を手に入れた。
それはとてもちっぽけで、けれど彼らにとっては何より必要なものだった。
『ハロウィンの口実』
11/10/31