「ずいぶん髪がのびたねぇ、ユーリ」
包帯の巻かれた長い指が銀色の髪を一房摘み上げた。そうか、と言ったきり口を閉ざしたユーリに髪への関心が無いことは一目瞭然だ。
「ボクが切ってあげる」
声と同じように弾んだ足取りで椅子と鋏を手にしたスマイルが、庭へ出るための大きなガラス扉の前でユーリを手招いた。
透明さを含んだ青空の下、芝生の上へぽつりと置かれた椅子に座らされ、白い大きな布を体にふわりと巻かれる。
あっという間に美容室ごっこの始まりだ。いらっしゃいませと笑顔の店主が挨拶をする。
「今日はどのような感じになさいますか?」
「…ならば少し短くしてもらおうか」
ちょうど暇を持て余していた所だったユーリはこの遊びに付き合ってやることにした。
先程よりも弾んだ声でかしこまりましたと言った美容師は、いつの間に持ってきていたのか霧吹きでユーリの髪を軽く湿らせる。
本でも持ってくれば良かったと少し後悔していたユーリの耳へ、鋏が立てる冷たくて軽い音が届いた。
しゃきん、しゃきん、と音がして、少しずつ散っていく銀色をユーリは閉じた瞼の裏に描く。
それはどこか羽根に似ている気がした。
「きらきらしてとってもキレイなのに勿体ないね」
手を休める事無く笑ったスマイルの声は酷く嬉しそうに聞こえた。
そう言えばいつ頃の事だったろう、暗い色をした鳥籠に小さな鳥が入っていた事があったことをユーリはふいに思い出した。
その小鳥の風切羽を切り落とした時も、彼は酷く嬉しそうだったように思う。
「でも仕方ないよね、だってキミにこの長さは必要ないし、それにキミにはもう少し短い方がよく似合うもの」
声が鋏の音と重なる。
彼に少しずつ切り落とされていく感覚を、ユーリは静かに感じていた。
『鋏』
07/01/16