迷子の子供みたいな顔をしている、そう思ったらふいに笑いが込み上げた。
幼いと呼ぶにはあまりに老けた鏡面の中の面差しに浮かぶものは、皮肉げに歪んだ笑みだけだ。
可愛げの無いそれを眺めているのにも飽いて振り返ると、戸口に男が一人佇んでいた。
「ようやくお目覚めかい?」
「その様だな」
線の細い男は慣れた手付きで、床に脱ぎ散らした服を拾い上げていく。それを見つめながら手近にあったタオルを掴み寄せ、もう一方の手で邪魔な前髪をかき上げた。
「城の中は見て回ったの?」
「幾つか適当に扉は開けた。丁度この部屋の浴槽が目に入ったので体を流した、まだそんな処だ」
すぐ傍へ迫った男の赤い隻眼と視線が重なる。
「…追い出さなくていいの?」
「追い出していたのか?」
苦笑するように顔を綻ばせた男が、いい?と聞いて手からタオルを取り上げると、そのまま濡れた白い皮膚を丁寧に拭っていく。不快に思う所かその心地よさに目を細めた。
「何か思い出したことはあった?」
天気でも聞くみたいにごく軽やかに男が問う。
「生憎まだ頭は眠っている様で、はっきりとした事は何も」
僅かに肩を竦めてみせると、寝起きに弱いのはキミらしいよと男が小さく笑った。
「ああでも、思い出した事は無いが覚えている事はあるぞ」
髪へタオルを掛けた男と再び瞳が合う。綺麗な目をしていると思った。
「お前、スマイルという名だろう?」
柘榴の粒のような赤が零れんばかりに見開かれて、思わず笑いが零れた。
「その名だけは覚えていたぞ、自分のものはすっかり忘れてしまったというのにな」
まったくどうかしている、そう呟いて笑っていたら眼前の隻眼が泣き出しそうに歪んだ。
「…お前を見たら不安が消えた、目覚めの後にその名を呟いた時のように」
だからそれは彼の名前なのだろうと思った。
体へ腕を回されきつく抱き締められることもまた、酷く懐かしいような気がする。もうずっと、本当はこうして欲しかったのだと気付かされて、自らもまた男の体を抱き締め返す。
「私の名を教えてくれないか、スマイル」
耳元で震える吐息が涙を堪えてそっと囁く、それさえ愛しい。
「キミの名前はユーリ、ボクがこの世界で一番好きな名前だよ」
『君の名は』
10/08/10