「乗り心地はいかが?」
スマイルの声をその背中越しに聞きながら、ユーリはただ一定の間隔で立ち並ぶ街灯の通り過ぎる様を見つめていた。
「…車の方が断然良い」
自転車に乗ることが初めてならば二人乗りをすることもまた初めての吸血鬼は、どこか憮然とした声を上げた。
歩いた方がじっくりと景色を堪能できるし、景観の良さなら飛んだ方が遥かに良い。
そんなユーリの感想を聞いたスマイルは苦笑して体を小さく揺らす。
「それじゃあねユーリ、ボクの背中に頭をくっつけて、それから腰に腕を回してしっかりと掴まってごらんなさい」
教師が教え諭すような口振りは少し癇に障ったけれど、ユーリは素直に言われたことを行動に移した。
透明人間の体を伝ってより鮮明に、その息遣いと温度が吸血鬼の体へ入り込む。
銀の髪を吹き揺らす夜風と対照的に、それはとても温かだ。
「キミが望む所へならどこにだって連れて行く、そのために熱くなっているボクの体をこんな近くで感じているだなんて、ずいぶんと贅沢なことじゃないかい?」
ユーリの表情はみるみる晴れていったけれど、スマイルはそれを知らない。
いつまでも吸血鬼が黙っていたものだから不安になったのだろうか、徐々に走るスピードが落ちてゆく。
「もっと早くしろ」
背中越しに良く通る声が命令を下す。
「私の為に、もっと熱くなれ」
不遜な彼の声はどこか笑みを含んでいて、それは彼が満足気な表情を浮かべていることを透明人間に伝えるのに十分だった。
「キミのお望みとあらば喜んで」
自転車のスピードは上がり、夜の闇の中をどこまでも駆けてゆく。





『君を乗せて走るということ』

07/03/06