吸血鬼の腕に抱かれた蜜蜂姿の赤ん坊は、この城が在る某王国の花畑のお姫様だ。
おてんばだともっぱら噂の彼女も今はすっかり大人しい。既に子供は眠る時刻であるにせよ、その主な原因はやはり彼女を抱く吸血鬼のせいではないだろうか、と傍から見ている透明人間は思う。
お気に入りの彼の腕の中で眠りに落ちたヒナの顔はどこか満足気に見えた。
「子守だなんてまたずいぶんと酔狂だね」
ユーリは眉根を寄せて声の主を見た。
「幼くとも姫君であることには変わりない、その辺りの礼儀はわきまえているつもりだが?」
だから望みとあらば抱いて寝かしつけてやることも厭わないとでも言うのか。透明人間は笑いながら心底彼にそんな媚びは似合わないと思う。
「それに私を好いてくれているからな」
ユーリが腕の中のヒナへ顔を近づけ薄く微笑む。慈しみがさせるその表情は彼のものとは思えないほどに穏やかだった。
スマイルは座っていた椅子から勢いよく立ち上がるとユーリの腕をきつく掴んだ。
「ねぇユーリ、ボクのことも寝かしつけてよ」
言い終わると同時に彼の唇を自分のそれで塞ぐ。咄嗟の事に驚いて離れようとするユーリをきつく抱き込んで、彼の温かな口内に無理やり舌を入れた。
すると二人の下の方から眠たそうな小さい声がしてユーリの体が強張る。牙を立てたユーリは痛みに怯んだスマイルから体を離すと、まだ眠っているヒナを確認して大きく息を吐いた。
口内に広がる血の味にスマイルが口端を吊り上げる。
「…ユーリってば容赦がないなぁ」
吸血鬼はきつく睨みつけてきたが、透明人間はそれを真っ直ぐ見返すと笑みを一層深めた。
「うん、自分でも分かってるよ、これが嫉妬だって」
先程より幾分弾んだ声でスマイルが話す。
「こんな幼い赤ん坊相手に随分子供じみているし馬鹿らしいとも思ってるよ。だけどそれでも、今キミがボクを見ていることが堪らなく嬉しいんだ」
そうして再びユーリの傍へ近づいたスマイルは実に柔らかな笑みを浮かべる。
「ねぇユーリ、ボクだけを見ていてよ、そうしたらもうこんな悪いことはしないで良い子でいるよ」
スマイルの手がヒナへ触れるほどまでに近づく。
咄嗟に一歩後ろへと体を引いたユーリは、背中に冷たい汗が伝う感覚をいやにはっきりと感じた。
「…お前は何時まで経っても子供だな」
どれほどきつく睨みつけた所で、それは目の前の透明人間に対して何の効果もなさないように思える。
「うん、キミを大好きな子供だよ」
剥き出しにした独占欲を隠そうともせず、スマイルは無邪気に笑った。





『狂った子供』

07/03/28