「それってつまり、イチゴののってないショートケーキとおんなじなんだよ」
そう言って透明人間が差し出したものは、綺麗に折り畳まれた洋服だった。
「…だから、仮装しろと?」
10月31日という特別な日を迎え、スマイルは朝からご機嫌だ。
パンプキンパイを作ったり、部屋を黒とオレンジに飾り付ける彼の姿を眺める内に、ユーリの気分もどことなく弾みだしていた。
しかし、その服の上に乗せられた、獣の耳が付いたカチューシャを見た途端、美しい顔を見事に歪ませる。
「そう!ハロウィンをより楽しむために!」
「だからと言って其れを身に着けるのは御免だ」
冷たい返答に唇を尖らせたスマイルは、しかし、背中へ隠していたもう片方の手を差し出した。
「…そう言うと思ってたよ。だからキミのはこっち」
現れたのは、真っ黒なとんがり帽子だった。
「…随分オーソドックスな魔法使いの服だな」
それでも彼の興味を捉えるのには成功したようだ。ユーリは帽子をひょいと摘み上げて、それをしげしげと眺めた。
にんまり笑ったスマイルは、帽子の下にあったマントを広げて、手早くユーリの肩へかけてやる。
「さぁ、あとはこれを持ったら完璧」
プラスチックの柄の先に黄色い星が付いたステッキが、ユーリへと手渡された。
「わぁ、すごく似合ってるよユーリ!今ならほんとに魔法が使えちゃいそうだね」
「…もっと高価な杖は無かったのか…」
抱きついてくる青い体を遠慮なく押し返しながら、ユーリは不満そうにステッキを眺める。
するとスマイルは、傍に転がっていたカボチャを拾い上げ、ユーリの目の前に差し出した。
「ね、そのステッキを振って、これに魔法をかけてみせてよ」
どこまで本気なのか分からない。ユーリは眉間のしわを深くして、困惑交じりの鋭い視線をスマイルへ投げつける。
しかし彼の笑顔は変わらない。こんな時は何を言っても無駄だということを、吸血鬼はよく知っている。
ため息を一つ吐き出してから、ユーリは仕方なくステッキを振ってやることにした。
せっかくなので、出来たら食べ物になると良い、なんて思いながら手を動かす。
すると瞬きの間に、スマイルの手の中のカボチャは、ショートケーキへと変貌を遂げた。
三つの真っ赤な瞳が驚愕に見開かれ、そのまま顔を見合わせる。
それから二匹の妖怪は、庭の薔薇をオレンジと黒に塗り替えたり、部屋中にカボチャランタンをぷかりと浮かせ、手にした新しいオモチャを存分に楽しんだ。
「ああなんて面白いんだろう!」
城中を駆け回り、疲れた体をベッドの上へ投げ出してスマイルが笑う。
「偶には魔法使いと言うのも悪く無いな」
その隣へ体を倒したユーリは、ステッキを持つ己の手を楽しそうに見つめた。
「たまにだなんて、なぜそんなことを言うの?これからずっとそうじゃないか」
不思議そうな顔をしたスマイルに、ユーリも不思議そうな顔をして返す。
「何故って、ハロウィンは今日だけだろう?ならば、魔法使いも今日だけだろう」
これさえも魔法だと、そうユーリは言うのだろうか。
「…それに、全てが魔法で叶ってしまうのでは、面白く無い」
ユーリの言葉に、しかしスマイルは不服そうに唇を尖らせる。
「あーあ、せっかくいつでもケーキが食べ放題になると思ったのになぁ」
するとユーリが体を起こし、スマイルへ顔を向けた。
「其れならば尚更だ、お前の作るケーキが食べられなくなってしまう」
悠然と微笑んだ吸血鬼に、彼にだけは敵わないとスマイルは痛感する。
それからどちらからともなくキスをして、単純な自分たちを笑い合った。
こうして、明日ユーリが魔法使いであるかないかなんて、二人にとってはもう何の問題でも無くなってしまったのだった。





『10月31日の魔法使い』

07/10/31