朝が来る。
まだ眠気の残る顔で目覚めたベッドの上の吸血鬼に、床に座った透明人間が振り返っていつもの笑顔を浮かべた。
「おはようユーリ」
彼の向こうで光るブラウン管に吸血鬼が顔をしかめる。
「…今日はやけに騒がしいな?」
透明人間がああ、と言ってリモコンを手にばちばちとチャンネルを回した。
「みんな浮かれ騒いでるのさ、なんたって今日は新しい年の始まりだからね」
ぼんやりとしたまま変わらない吸血鬼の表情が、それらに興味が無いことを雄弁に伝えていた。
それもそのはず、この北の城にカレンダーなんて物は一つだって無いし、ましてや彼は年が明けたからと言ってめでたいと祝うような生き物でも無い。
「ああでもおせちに興味はあったよね」
食べる?と尋ねる透明人間へおもむろに吸血鬼が口を開いた。
「お前は浮かれ無いのか?」
透明人間は永遠の命を持っている訳では無い。自分とは違うだろうと暗に告げられた気がした。
「…そうだね、ボクにしてみればこれは当たり前に訪れる事じゃないね」
それでも相当な回数を経験している事は確かだ。何度目かなんてもう覚えてもいない。
伏せた片方だけの瞳に浮かんだ笑みはどこか自嘲的だった。
「だけどボクにとっても今日は昨日の次の日でしかないよ。年が新しくなったからと言って目標を掲げたり、何かを変えようと思える程生きるという事に真摯でもない」
キミとさして変わらない、そう言った透明人間がいつものように緩く笑った。
吸血鬼は自分の生き方に合わせてくれなくても良いのだと口にしようとして、けれどそれを止める。
そうやって隣に居てくれる彼を嬉しく思う自分がいる事もまた事実だったから、ただ静かに微笑みを浮かべた。
「…さて、目も覚めたようだし食事はいかが?」
首を傾げた透明人間が背中で光るテレビの電源をぶつりと切る。
「今日の天気は?」
起き上がった吸血鬼の肩へ服を掛けた透明人間は、そのまま窓際へと足を運んでカーテンを引いた。
「雲一つない、満月でございます」
ガラスの向こうへ満足げな笑みを向けた吸血鬼が立ち上がる。
「食後の散歩は決まりだな」
差し出された吸血鬼の細い手を透明人間が嬉しそうに掬い上げた。
いつもの朝が始まる。
『満月の朝』
07/01/01