気まぐれをおこしたユーリが散歩に行くぞとスマイルの部屋へ押しかけたのは日付も変わった真夜中のことだった。
扉の奥から現れた部屋の主はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて「ムリ」とだけ言った。
「私の誘いが受けられぬとでも言うのか?」
鋭い視線を突きつけるユーリに顔ごと視線をそらしたスマイルがやだーこわいよユーリー、と乾いた声で笑う。
「…よもや私より、そのふざけたロボットアニメの方が大事などとはぬかすまいな」
部屋の奥で光るテレビのスピーカーが大音量でギャンブラーと叫んだ。
スマイルの顔がすごい速さで左右に振れる。
「まさか!ボクにとってユーリより大切なものなんてあるわけないじゃないか!」
ユーリの細い両手を包帯の巻かれた両手が掬い取る。
「ボクは毎日、寝ても覚めてもキミのことばかり考えているよ」
片方だけの赤い目が切なそうにユーリの瞳を見つめたかと思うとふいに伏せられる。
「でもね、キミのことを想えば想うほど苦しくてこの胸は張り裂けそうに痛むんだよ。だからボクはキミからほんの少しでも離れる時間が必要だと思うんだ、ボクの想いが行き過ぎて狂いだしキミを壊してしまわないようにね」
ユーリの手へスマイルの唇が音を立てて落とされる。
そうして顔を上げたスマイルは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「だからボク、ギャンブラーZを見なくっちゃ。ごめんね、愛してるよユーリ」
手が離されあっという間に扉は閉まり、透明人間は部屋の向こうへ姿を消した。
廊下に取り残された吸血鬼は、キスされた場所を見つめながら小さくため息を吐く。
「…素直に言えば良いものを…」
仕様の無い奴だ、とつぶやいてユーリは苦笑した。
もちろん、直後に扉を蹴破って嫌がる透明人間を無理やり散歩へ連れ出したのだけれど。
『真夜中の滑稽』
06/09/29