足元に転がるカボチャが言った、「トリックオアトリート!」
カボチャが喋るくらいだからこれはきっと夢だろう、スマイルはそう思うことにして「キミにあげるようなお菓子なんてないよ」と答えて蹴飛ばした。
黒とオレンジと紫だけで塗り潰された室内はやけにリアルで、テーブルの上に並んだパンプキンパイやカボチャのスープからは湯気が立ち込め良い匂いが漂ってくる。
「そんなことよりユーリはどこ?」
一つきりの真っ赤な眼球がきょろきょろと蠢き、頭が忙しなく揺れ動く。
床の上へ幾つも転がる同じ顔をして同じ言葉を繰り返してばかりのカボチャ達を蹴りながら歩けども、テーブルクロスはどこまでも続いて終わりが見えない。
次第にせり上がる不安に耐え切れなくなったスマイルは、手近なカボチャを拾い上げると地面へ叩きつけて壊した。それからテーブルに置かれていた物を薙ぎ払いそこへ突っ伏して泣き声を上げる。
「ユーリはどこ?」
「私は此処に居る」
顔を上げて真横を見ると、きちんと椅子に腰かけたユーリがそこに居た。
真っ赤なワインを飲み下して空になったグラスを見つめてから、ようやく少し面倒そうに隣の男へ視線を寄こす。
「ユーリ!」叫ぶように名前を呼ぶやその華奢な頭を抱える様にして抱き締めたスマイルへ「離せ」と冷たい一言が投げ返された。
「ああ本物のユーリだ、ボクずっと探してたんだ」
「違う、私は偽物だ。お前に都合良く作り上げられた、お前の夢の産物でしかない」
口付けようと近付けた顔ごと押し退けられたスマイルが「そんなはずはないよ」と笑った。
腕を引いて立ち上がらせたユーリの体を軽々と抱え上げテーブルの上に降ろすと、すぐさま唇を塞ぎアルコールの味を残した少し苦い口内を貪る。
抵抗の薄くなった体を押し倒しながら自らも卓上へと乗り上げた。
「ほら、キミはちゃんとここに居る。こうしてキスも出来るし体だって熱くなる」
ほんのりと紅潮している柔らかな頬へ触れて優しく撫でてやれば、ユーリの体は僅かに身動ぎその双眸を細めさせた。
「やっぱりキミは本物の」
「タイムリミットだ」
綺麗な声音の終わりと同時に、スマイルの背後にある壁一面を埋め尽くした時計が一斉に鐘の音を鳴り響かせ始める。
頭を揺さぶる騒音の合間にユーリの唇が動いた。「早く目を覚ませ」と、音は聞き取れなかったけれど確かにそう言われたような気がした。
そうして瞬きの間にユーリは消えた。
代わりに体の下へあったものは柩だった。見覚えのあるそれはユーリのものだった。
この中にユーリがいる、それが分かるのに少しも嬉しくない。それどころか心臓は徐々に速度を増してゆく。
ようやく動いた鉛みたいな腕が柩の蓋へ掛けられた時、骨と皮だけになり皺だらけの醜く老いた己の手に気付かされた。
違う、呻くようにそう呟いて頭を振る。
「これは夢だ」
スマイルはよろけるようにしてテーブルから降りると、柩から視線を逸らすことが出来ずよろめくように後ずさった。
足に何かが当たり体が後方へ傾くとそのまま崩れ落ちる様に床の上へ尻をつく。
「これは夢だ」
全ての時計が十二回目の鐘を鳴らし終えると辺りはたちまち静まり返り、足元に転がるカボチャはそれきり二度と喋らなかった。





『二度とカボチャは喋らない』

09/10/30