「ボクの世界の半分は、キミで出来ている」
目の前の青い顔が浮かべる笑みは、実に穏やかだった。まだ日も沈まぬ内から一体何を言い出すのだろうとユーリは黙ったまま、スマイルの次の言葉を待つ。
「ところがキミはどうだ?円グラフにでもしてみせてごらんよ、どうせ仕事に食事に睡眠しかないんだろう?」
微笑みとは裏腹に冷たい声音が、机の上に散らばる五線譜への抗議であることにユーリはようやく気付く。
「キミはヒマ潰しに始めたことだから楽しいのだろうけど、ボクはすっかり退屈で頭が腐ってしまいそうだよ」
同じバンドに所属しているにも関わらず退屈しているとは聞き捨てならない。お前も少しは働け、そう言ってやろうと口を開けたものの言葉は先にスマイルの口から吐き出された。
「ボクと仕事とどっちが大事?なんてバカげたことは言わないけれど、あまりボクを蔑ろにしているとそのうち後悔するよ」
細めた瞳に見据えられて、ユーリは腹立たしく思うと同時に、何だか妙な居心地の悪さを感じた。
開いた窓から吹きつく風が、白い楽譜を浮かして揺らす。
「…お前だって、私が歌う事に賛成したではないか」
今更だと言いたくて、昔の話を引き合いに出す。
「鍵も首輪も付けずにいたのは、キミがどこへも行けっこないと思っていたからだよ」
長い腕が静かに伸ばされ、窓が音を立てて閉められた。
いつの間にか薄暗くなっていた部屋の中で、鋭利に光る赤い瞳がゆっくりと近付いてくる。
「ボクからキミを奪うものは許さない、例えばそれがキミのキレイな声だとしてもね」
喉に触れた指は冷たく、ユーリは思わず息を呑む。
優しく撫でられているだけなのに、声は出せそうになかった。
『閉ざされた窓』
08/01/24