綺麗なものが大好きなユーリが、薄汚れた毛むくじゃらのそれを大事に抱えて帰ってきたものだから、スマイルはそれはそれは驚いた。
しかしそれ以上に驚いたのは、その毛むくじゃらが洗って乾かしたら真っ白でふわふわの兎になったことだ。
しかもその真っ赤な瞳と美しい毛並みときたら、ユーリにそっくりだった。
ああだからこれを連れ帰ってきたのか、と妙に納得しているスマイルの視線の先で、ユーリはずっと兎を撫でている。
ユーリは綺麗なものが大好きだから、それは仕方の無いことだと思う。
しかし、それなら自分はどうだろうか。
降って湧いた疑問は見る見る間に小さな胸を埋め尽くし、肺を圧迫するものだから呼吸をするのが苦しくなる。
青くてがりがりに痩せ細った自分の姿は、あの兎とはどこまでもかけ離れたものに思えた。
「…何を泣いている?」
こちらを向いているであろうユーリの顔も、いつの間にやら溢れた涙にぼやけてしまってよく見えない。
「ユーリは、どうしてボクと一緒にいるの?」
しゃくり上げつつそう問えば、彼が吐息で笑った気がした。
「お前が好きだからだ」
簡潔にして明瞭な答えは、しかし少年の胸にすんなりとは落ちなかった。
「でも、ユーリはそのウサギばっかり撫でてる…」
非難するつもりは無かったけれど、思わず口からこぼれたそれは、恐らく本心なのだろう。
なんてことはない、これは嫉妬だ。
恥ずかしい、とスマイルは思った。
「…スマイル、此方へ来い」
ユーリの声音は先程と何ら変わりがなかったけれど、それでも何だか居たたまれない。
未だこぼれる涙を拭い戸惑うように立ち尽くしていたスマイルは、しかしもう一度ユーリに名前を呼ばれ恐々と小さな一歩を踏み出した。
あっという間に隣へ並ぶと、腰を下ろすように言われ、今度は素直にそれに従う。
「撫でろ」
兎を指して、ユーリが言った。
嫉妬の対象物に触るのは少々抵抗があったけれど、他ならぬユーリの命令であるから仕方ない。
伸ばした指先に、柔らかな毛並みが触れる。
小さな背中を繰り返し撫でていたら、それが随分温かいものであることが分かった。
それから、固く丸まったそれが呼吸の度に体を動かし、生きているものだということも。
沸々と泡立っていた気持ちは、分け与えられた温度に平穏を取り戻してゆく。
すると、ふいに頭へ重みを感じた。
「まったく、兎は寂しいと死ぬのだと教えたのはお前ではないか」
だからユーリは何度も兎を撫でていたのだろうか、そう思ったらスマイルはなんだか可笑しくなって小さく笑ってしまった。
「…私は、お前が好きだよ」
ユーリの甘いその囁きは、今度は真っ直ぐにスマイルの胸へと届き、その内側を兎の毛並みのように柔らかくして温めた。
『兎の毛並み』
08/04/07