それは昨夜から降り続く雨のせいだったかもしれないし、もっと違う何か別のことだったのかもしれない。
不機嫌なときに動作の一つ一つがあからさまにそのことを主張するのはユーリの癖みたいなもので、今さらそれをどうしたのなんて聞いたりしないのは長く隣にいるスマイルに身についた危険回避の術だった。
だから今日も荒々しい靴音をたてる吸血鬼にまたかと透明人間は肩をすくめた。
それからソファーに座った彼の背後へそうっと寄って、名前通りの笑顔を浮かべる。
背もたれを挟んで抱きつくことさえ、まるで癖みたいになった。
「なんだ?」
返されるユーリの声は当然不機嫌そのもので、うん、とだけ口にしてそのままスマイルは黙る。
暑苦しいと言ってユーリが回された腕をほどこうとする。
「ね、ユーリ、ちょっとだけこのまま」
囁きはひどく穏やかで、ユーリは小さく息を吐くとそれ以上の抵抗をやめた。
それから少し雨音を遠くに聞いて、そうしてスマイルはユーリの頬へ自分の頬を擦り寄せた。
嫌そうな素振りのないユーリに、スマイルはそのまま今度は耳や髪や首筋にキスをした。
それから頬へキスをする。軽く優しく繰り返し。ユーリが顔を向けたので唇へもキスをする。
「ねえユーリ」
顔を離して目と目が合う。
「なんだ?」
返されたユーリの声は明らかに先ほどのものとは違っていて、そのことにスマイルは小さく笑う。
「不機嫌なときに好きな人から体温を分けてもらうと気持ちが落ち着くんだって」
本当みたいだねと言うスマイルにユーリは少し顔を顰めたが、再び正面を向くと溜め息を吐いた。
「…随分単純な造りをしているようだな、生き物というものは」
包帯をぐるぐるに巻いた腕へ頭を預けたユーリが鼻で笑う。
「単純は嫌い?」
首筋に落とされたキスと問いかけに、ユーリは少しだけ苦く微笑んだ。
「…どうだかな」
いつの間にか雨音は聞こえなくなっていた。





『絶対温度』

06/09/02